銀の風

二章・惑える五英雄
―25話・街角のミスマッチ―



『フィアス、お前が行け。』
びしっと一点を差す、3人分の手。
「え、ぼく?」
突然指名され、指を指された当の本人は目をまん丸にして驚いた。
「当ったり前だろ!おれ達はもう親と一緒に寝る年じゃねーんだよ!」
「はずかしいのー?」
心底不思議そうにフィアスが聞いた。
「う〜ん……ちょっとね。」
本当はちょっとどころではないが、アルテマは適当にはぐらかした。
「そーかな〜?でも、みんながそういうんなら行ってくるねー!」
そういって、すぐにフィアスはてぺてぺと寝巻き姿で部屋を出て行った。
どこでいつ調達したのか、可愛い飛竜のぬいぐるみをしっかり抱えたままで。
「いっちゃった……。」
「もう少し何か言うかと思ったんだけどな……。」
あんまり素直に出て行ったせいか、
拍子抜けしたように3人は開けっ放しのドアを見ていた。

一方フィアスは、ドアの外で待っていたねこうもりに案内されてシェリルの部屋に向かっていた。
押し付けられた事実と裏腹に、その足取りはとても軽い。
(ふー、よかった〜。一人でねるのこわいんだもん。みんなありがと〜♪)
実は、一人で寝れないフィアス。
テントは狭いからみんな近くに固まって眠るし、
宿屋のときはこっそりリュフタが一緒に寝てくれていたから問題なかった。
こんな暗い洞窟で一人で寝る羽目になったらどうしようと、
内心戦々恐々としていたようだ。
アルテマは別として、残りの二人が絶対に一緒に寝てくれるとは思えなかったことでもある。
「ずいぶんうれしそうだにゃ〜。そんなにご主人しゃまになついたのかにゃ?
ゆくゆくはここに住むつもりかにゃ?」
先導するねこうもりが、目をらんらんと輝かせて尋ねてきた。
もう寝る時間だからだろうか、灯っている明かりが昼間よりも減っている。
「え?う、うん。」
例え猫相手でも、まさか一人で寝れないからとはいえず、
フィアスはあいまいに返事を返す。
やれやれと思っていたら、もう目的地に着いていた。
「あれ、近いんだねー。」
もっと歩かされると思っていたフィアスは、
拍子抜けしたように声を上げた。
「お前しゃんの仲間が居る部屋とここは、どっちも洞窟の奥の方にゃ。
けっこう近いのも当たり前にゃー。」
へぇ〜っと感心しているのもつかの間。
ねこうもりが、口で器用に呼び鈴の紐を引っ張って中の主人を呼ぶ。
「ご主人しゃま、一匹つれてきたにゃ。」
ドアを開けて主人が現れると、ねこうもりはきちんと用件を告げた。
立派に役目を果たしたご褒美に、のどの下をなでてもらっている。
ゴロゴロという猫独特の音が聞こえてきた。
「ご苦労様。お前はもう好きにしてていいわよ。
っと……来たのはフィアス君ね。」
暇を出されたねこうもりはそのまま飛び去り、
後に残っているのはフィアスとシェリルだけだ。
シェリルはもう昼間着ていたドレスではなく、濃い紫のネグリジェに着替えていた。
これも絹製らしく、触ったら滑りそうな光沢がある。
「え、何でぼくの名前しってるの?」
まだ教えていないと思ったが、
もしかしてもう言ってたっけと首をひねるフィアス。
難しい顔になって悩んだら、
くすくすとシェリルがおかしそうに笑いを漏らした。
「さっき、お友達と話していたでしょう?
あなたのお名前が、さっき話しているときに出てきたから分かったのよ。」
本当は一発でわかる方法があるんだけど。とも付け加えた。
「へ〜。なんでそうしないの?」
そんなに便利な力があるなら使えばいいのに。
そう思うのは自然な思考回路だ。
「知らない人にいきなり名前を呼ばれたら、誰だって嫌でしょう?」
「そっか〜。」
これまた道理が通った返事が返ってきて、フィアスは納得した。
確かに、知らないおじさんにいきなり自分の名前を呼ばれたらちょっと怖いと彼も思う。
「それじゃ、もうこのまま寝ましょうか?
寝る前に何かして欲しかったら、遠慮なく言っていいわよ。」
早くも布団に寝転がったフィアスに、シェリルは優しくそう言った。
「え〜っと……。」
会ったばかりの人に甘えていいものかと思い、
後に続くはずのフィアスの言葉は幼いなりの遠慮が邪魔して出てこない。
最近の事を思い出せば、年相応に大人に甘えられたチャンスはほとんどなかった。
リュフタは色々世話を焼いてくれたが、それでも限界はある。
絵本を読んでもらったのも、城を抜け出した前の晩が最後。
子守唄なんて、その前でおしまいだ。
「絵本、読んでほしいの。」
「絵本?そう、じゃあこれがいいわね。」
シェリルが、ベッドの脇にある小さな本棚に手を伸ばす。
分厚い難しそうな本と、薄くてかわいらしい子供向けの本が一緒に収められている。
「昔々……。」
優しい響きの声で語られる昔語りに、嬉しそうにフィアスは笑った。
また来たいなどと気が早い事を思いながら、
一冊読み終わるころにはフィアスはふわふわした気分になって眠りについた。

翌朝。
シェリルにクークーを待たせていたところまで見送られ、
もらったアイテムでダムシアンへとワープした一行。
ダムシアンとは言っても、ついたのはキアタルとの国境付近の町。
目的地である、竜の形をした半島との境にある山脈を眼前に望む場所に位置している。
ここは砂漠の端のほうなので、山脈の姿を遠くのほうに望めるのだ。
クークーは町のすぐ外にあるオアシスに待たせ、パーティーは町に入った。
「ひゃ〜、にぎやかやなぁ〜。」
町の規模に似合わない人の多さに、リュフタはびっくりして声を上げた。
大きな町ならリトラ達はけっこう見てきたが、ここは規模に似合わない活気に満ちている。
開拓で一旗上げようとする者達のエネルギーの表れだろう。
「見たところ……ほとんどダムシアンの連中だな。」
砂漠という土地柄ゆえ、皆ターバンやマントで日除け対策をしている。
ほとんどが刺繍を施したものを着ているが、
中には無地のものを着ている人も居た。
刺繍入りのターバンやマントを装着しているのが、ダムシアンの住民というわけだ。
「あの、服に刺繍してる人たち?」
「そうだ。時々店で売ってるだろ?」
ダムシアンの刺繍は、知る人ぞ知る一品。
オアシスに茂る植物や、砂漠の動物たちを模したといわれる美しい模様が特徴だ。
その刺繍の模様を施した絨毯などの輸出もされているが、
細かい模様は織るのに手間がかかるため大量生産は出来ない。
ほとんど専門店が買い付けてしまうために市場ではあまり見かけないが、
本場では、簡素な物ながらこの通りあちこちで見かける。
「へ〜、おれは見た事ねえや。」
物珍しげな表情の中に、「売ったらいくらだろう」という呟きも目に表れている。
リュフタはあえてそれを無視する。
「あんさん、旅に出るまでず〜っとリアから出た事なかったんやから、
無理はないなぁ。うちも地元で着てるとこを見るのは始めてやけど。」
リア帝国は高原にあるため元々閉鎖的な環境だ。
出入りをするには、険しい山脈を越えなければいけない。
幻獣のリュフタは別として、リトラが旅に出るまで外に行った事が無いのは当たり前だ。
「ぼくね、ローザおねえちゃんが、
ダムシアンの王様にもらったベールとたぺすとりぃ?見せてもらったことあるよ〜。」
「へー、きれいだった?」
きれいな物に興味を示したアルテマは、興味津々と言った面持ちでフィアスにたずねる。
ダムシアン王がバロン王妃に贈ったベールとタペストリー。
かの国は貿易で栄える商業国家。さぞ気合が入った立派なものに違いない。
うん!あと、すっごくカラフルだったよ〜。金の糸もつかってあるって言ってた〜。」
「金糸入りか……。そりゃ確かにきれいだろうよ。
そのクラスになったら、上流階級でないと手が届かないしな……。」
金糸と聞いて、リトラとアルテマの目は点になった。
値段は、子供の見当でも滅茶苦茶高いということだけは分かる。
本物の金で出来てるかは知らないが。
「ルージュ、お前って本となんにでもくわしいな……。」
「悪いか?俺は占い師もやってるからな、
女が興味示すものにも詳しくなきゃつとまんねぇよ。」
やっかみ半分に発せられたリトラの台詞を、ルージュは至ってクールに返す。
いつもの事だが、およそ10歳児とは思えない世慣れた台詞だ。
いくら外見年齢と実年齢が一致していないとはいえ、
ルージュと同年齢の竜の子がここまですれているとは思えない。
むしろ、みんなこうだったら怖すぎる。
「占いといえばよ〜……アルテマ、結局占いの結果はどうだったんだよ?」
洞窟の中で、ルージュがタロットでアルテマの事を占い始めた時までは覚えている。
だが、その後フィアスもリトラも昼寝してしまったため知らないのだ。
おまけにその後起きたらすぐに夕食で、
結果を聞こうと思っていたのにすっかり忘れていたらしい。
「あ、あれか〜。うふふ〜……知りたい?」
妙な笑いを浮かべるアルテマ。
いつもと一味違う反応に、リトラは何か引くものを覚える。
微妙に気持ち悪い何かを感じたらしい。
「や、やっぱ、知りたくねえ……。」
「えー、何でよ?」
アルテマが不満そうに口を尖らせるが、
リトラは目をそらして無視を決め込んだ。
まだ彼女は何か言いたそうだったが、そんなことは彼に関係無い。
気を取り直して、露天を物色することにした。
「何ですってーーーー?!!」
店先の売り物を眺めようとしていたパーティーの耳をつんざく大音量。
突然大通りに響き渡った男の子らしき声に、リトラ達はびっくりして振り返った。
振り返った先に居たのは、少し離れた路地の曲がり角で喧嘩をする3人の人物。
大体、7〜9歳ぐらいのメンバーだ。
人の事は言えないが、大人ばかりのこの通りではかなり目立つ。
回りの人間も驚いて3人組の事を見たが、
子供の喧嘩と分かると興味なさそうに通り過ぎていく。
「何だあいつら?」
すっかり気をそがれて、怪訝そうな目で3人組を見る。
「けんかしてるねー。どうしたのかな?」
とりあえず、物色の邪魔をしてくれた3人組の野次馬に徹する事にしてみる。
「だ・か・ら、金がないからちょっとそこらの連中だまして小銭稼ごうって話。
いくらダサダサプータロー犬だからって、
まっさかこのくらいの事も理解できないとは思わなかったわ〜。」
やれやれと肩をすくめる、薄い灰色の髪の少女。
大体8,9歳といったところか。右側にたらした前髪だけを、紫に染めている。
目の色は銀色だ。シェリルと色は似ているが、青紫がかった色ではない。
何となく不敵さを感じさせる顔立ちだ。
「そんな事をわたくしが許すと思っているんですか?!!」
9歳ぐらいに見える、激昂した眼鏡の少年がさっき叫んでいた男の子だ。
髪の色はかなり淡い金髪で、目はアイスブルー。
七三分けの右側だけドピンクに染めてある。
少女の弁ではないが、正直に言ってかなりダサい。
砂よけのマントにいたってはお引きずりと化している。サイズが無かったのだろうか。
それにしても、背中のマントのふくらみは何だろう。
「もう、お二人ともいい加減にして下さい!
周りの皆さんがこちらをじろじろ見てるんですよ!!」
二人の間で呆れて声を荒げているのは、
鮮やかな緑の髪を肩でそろえた少女。目の色が、黄色というのが珍しい。
何だか、野に生える植物のような印象を受ける。
見た目は7歳ぐらいで、ローブを着ているところを見るとどうやら魔道士のようだ。
彼女の言動から察するに、どうやらさっきからこの調子らしい。
(ん?あ、人間なんてその辺に芋が転がってると思えばいいの。
アタシらから見れば、あいつらなんてただの下・等・生・物・でしょ?)
聴覚に優れたリュフタやルージュは雑踏の中でもそれを聞き逃さなかった。
(ケケケ、全くその通りだぜ。)
(ちょっとルージュ、あんたどーいう意味?!)
ギンッと音がしそうな目で、隣のルージュをにらみつけた。
ここで声を荒げなかっただけでもえらい。
声を上げようものなら、盗み聞きがばれる。
「ま、いいわぁ。ねぇペリド、あくまで「正当と高潔」にこだわる「ご立派なお方」はほっといて、
たし達だけで「融通的かつ現実的」にお金調達してこない?
あんたがだますの嫌って言うなら、ここで待っててくれてもいいしさぁ。」
軽く言っているが、よく聞かなくても嫌味たっぷりだ。
銀色の目ってことは……あの子は上級魔族やな。
何でこんなところにおるんや?それにしても、嫌〜な言い草やな〜。)
一般の人間は気がついていないようだが、
銀の目の彼女は立派な上級魔族の特徴を持っている。
手練れの魔道士なら、彼女の身に秘められた膨大な魔力も感じ取れるはずだ。
「そ、そうは言いましても……男性からお金をだまし取るなんていけませんよ!
道端のお金を拾うのでさえ、本当は絶対に許したくないんですよ?!!」
今時聖職者でもないとありえないぐらい、ずいぶんとお堅い少年のようだ。
詐欺は勿論いけないが、道端のお金くらいでこんなに怒る人間も珍しい。
「え〜、こんなに完璧なのになぁ。カンビオ!」
ぼんっと言う音がすると同時に、銀の目の少女は美しい真紅の髪の美女に変身していた。
これはまた、見事なプロポーションの美女に変身したものである。
突然現れた美女の姿に、通行人の男性たちの目は釘付けになってしまった。
「あなたという人は……街中で何をしているんですか!!!」
出来ればその髪の色もやめて欲しいと、眼鏡の少年はこっそりとつぶやく。
「……。」
ペリドと呼ばれた少女は、通行人の注目を浴びてうつむいている。
本当に恥ずかしそうな様子に、アルテマはひそかに同情した。
我が道を行くタイプの人間を相手にするのは、
ものすごく大変だという事を彼女は知っている。誰がそうとは言わないが。
「こんな街中で変身するとは、あんたなかなか目立ちたがりなんだな。」
明らかに周囲から浮きまくった3人に声をかけたのは、
意外な事にルージュだった。おかげで、こっちまで注目の的になる。
「おいルージュ!お前どーいうつもりだよこら!!」
厄介ごとに関わる事はごめんだと、リトラの顔にははっきり書いてあった。
だが、ルージュはそんな声には耳を貸そうともしない。
「ん〜?あんた、見たところそーいう奴みたいねぇ。
アタシに声をかけるなんて、いい度胸してるじゃないの。」
美女に変化したまま、銀の目の少女は面白そうな声音でそう言った。
その目は自信たっぷりだ。
「あ、あの……それよりどちら様ですか?」
場のノリに流されまいと、少々戸惑った声でペリドと呼ばれた少女は声をかけてきた。
“紫のあやかし。そういって分かるか?”
ルージュは周りの人間に悟られないよう、
テレパシーを3人にとばして正体を明かした。
「……・?」
テレパシーを受け取れなかったのか、それとも意味が理解できなかったのか、
眼鏡の少年は不信感を表すように眉をひそめた。
くいっと眼鏡を指で
「へぇ、おもしろそーじゃん。で、何の用?」
「ちょっと、話でもしないか?」
いまいちルージュの意図がつかめず、
残りのメンバーはお互い顔を見合わせる。
―まさか……ルージュ、ナンパじゃないよね?
フィアスもどこか不安そうな顔だった。
性悪ドラゴンの考える事は、どうにも理解できない。
出来る人間、いやドラゴンでもいいからいたら見てみたいと、
拳を固めてリトラは心の中で吐き捨てた。


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何考えてるんだルージュ!で、終わってますね今回。
彼が一番食えないガキです。今回3人組の正体共々、無駄に謎を微増させてもらいました。
まぁ、彼は自分に損な事はしませんが。いつの間にか、パーティの影のリーダーになっているような。
後半部分、FF&のスラム・シャッフル聞きながら書いてました。
何と無くルージュにぴったりな気がするので……性悪。
ちなみに、金糸が本当に金で出来ているか知らないのは……俺だよ俺!状態(笑